あしたもいきるしかないよの話。



自分が好きだった漫画の一冊に

マイ・ブロークン・マリコがある。

好きだったと言うのは過去形ではなくて

しばらく読まずに居たから。


久しぶりに読んだりして、

過去を振り返りやっぱり良いなと思ったのだ。


マイ・ブロークン・マリコを読むと

自分はどうしようもないやつだと

頭抱えて右眉上引き攣らせて

気が狂いそうな、

はたから見れば滑稽な苦しみが

幾分和らぐような気がする。


自殺した人間はどこへいくんだろう。

後悔ばかりが残った人間に遺される。


マリコには唯一無二の親友のシイノがいだけど

友人の少ない自分にとって妹だって親友のようなものだったと思う。


妹自身はどう思ってたかわからない、

ただ自分にとって

親友と呼べるような友人が幾人かいるのは

ありがたいことだと思う。


さておき最近


水族館でお腹減らして

泳いでる魚を生魚なんて呼んでしまう恋人が隣にいて

お互い汗でベシャベシャになりながらも

電車で帰れば良い道をひたすら前に進んだりとか


家族の、他にどうしょうもない愚痴を

プリン震わせながら聞いてもらったりしている

妹と同い年の恋人が、ときどきやれやれと

いったような妹と似た表情をしてる気がする。


妹は自分にご飯をご馳走したりしないが。

今頃はお盆なのかな。

きゅうりが置いてある。


30には死ぬんだなんて思いながら

生きてきたけど、

払うもの払ってなんとか生き延びてるし


親友のような妹を喪った時に

これが自分が死んだ後に人に遺すものなんだななんて考えたりした。


もちろん茄子とかゲームとか

いろんな、できればなんとか処分して

手元に残したくない物はいっぱいある。


冠婚葬祭、葬式くらいしか

式なんてあげる機会ないよなんて

せせら笑ってたけど

どうせ死ぬなら、思うより逃げ延びたじゃんと送り出してほしい。


30より生きたじゃん。


人よりかかったけど年金払い終えたじゃん。

友人は大事にしたじゃん、

恋人も幸せにしたじゃん、

ただもう少し一緒にいれたらよかったけど

きっとこれがあなたの寿命だったのね

みたいな



あの人どうしてるかな、ほら

喉元まで出かかってるんだけど、

と思い出されることもない人間。


誰かの心に自分は残るだろうか。


学生の時分からの疑問は

生きている間に解けそうにない。


自分みたいな人間、忘れたくても

忘れられないよみたいなことを言われた。


自分は物静かに慎ましく生きている

石の下のダンゴムシのつもりが

割と陽の下をうるさく騒いでいる蝉なのかもしれない。


明日からも生きるしかないよ、

もうどうしようもなく始まってしまった人生なのだから。


そんな日。