解釈の行く末の話。


楽しかった日々、悲しかった日々

悔しくてつらくて夜も眠れなかった日々。


作った作品、編み物も絵、日記や手紙

人間関係、購入品etc


いずれ身辺整理を行う際に、

自分や誰かが裁定を下す日が来る。


あんなものは無意味だったと言われるか

あれは素晴らしい日々だったと言えるのか。


今編んでいる作品がすごく難しくて

でもその日編んでいる作品は

その日食べたピスタチオのパフェの色をしていた。


上手くねじれが編めなくて編み直して

上手く交差できなくて編み直して、

上手くできなくてももう良いか

自分用だしそれもまた思い出だと思って

編み進めているが、


後に何度編み直しても上手く編めなかったとなるか

そんな適当な仕上がりをよしとしたのか解釈するか。


思い出を歪ませたくない。


今日あった楽しかったこと、

嬉しかったこと、ちょっと道中でしょげたこと

色々あったけど色々なことを確認できてよかった。


日々良かったと思いながら過ごしたい。

素敵なお財布ももらったし。

綺麗な色で、控えめなリボンの柄が可愛い。


上手く編めないカバンも、

上手く歩めなくてもなんだかんだ

進む人生のようだといつまでも忘れないで

過ごして欲しい。


しみじみ、そんな日。