耳の奥に取り残されての話。


夜眠れなくて、目を閉じてひたすら明日に備えるみたいな日。

まぶたの裏には何も映らないのに

耳の奥で蝉時雨が騒がしい。


降ってくる蝉時雨にじとりとベタつく暑さと

汗が張り付いてじりじりと寝苦しい。


まだ夏も来てないのに、梅雨も終わらないのに

蝉時雨が耳の奥に取り残されている。


いろんなことがポコポコと思い出されたり

泡沫になって弾けたり

誤りなんてないさと嘯いたりする。


あの頃の自分は今の自分を嘆くだろうか

あるいはあの頃を知る人は今の自分を嘆くだろうか。


わからない。

それでも、壊れて車輪の外れそうな自転車も

墜落して不時着しそうなプロペラ機も

擦りむいた膝も傷だらけの足も

どこまでも自分を投げ出さずに連れ出して

ここまで連れてきたんだと思う。


もうとっくに墜落しちゃうかと

思ってたよなんて例えられたけど、

海面のすぐそばを飛ぶプロペラ機のような人生。


どんな人生でも良いじゃん、

低空を飛行する人生はこれから高いところを飛ぶかもしれないし

高いところから落ちる対策を練ることもできたみたいな。


向かうところ敵のない人生が良かった、

そんなものは理想郷でどこにも存在しないけれど

不時着したプロペラ機に腰をかけ

波に足を揺らめかせたりして


存外泳ぎの方が得意だったことに気付いたり

海自体が浅かったり、

そこからどこへだって行けることに気付けたりしないだろうか。


今何やってるの⁇なんで質問に

心揺さぶられても、ぼちぼちやってるよ。


自分の脳内に咲かせてる花に水やってるところ、

どうしてもお腹空いた時に食べるための

頭の中の豆苗に水やってるところ。


友人と出る大会のために筋トレをしてるところ

柔軟をしてるところ、

苦しくも険しい山を楽しく登るための準備をしているところ。


なんなら今も登ってるところ。


自分の仕事は棚を磨き、トイレを磨いて

たまに玄関マットに素振りを食らわせること。


誰にでもできるし代わりはいるだろうけど

他にやってくれる人はいない仕事。

それで十分。


休み明けに汚れているトイレを見ると

ホッとする。それが確認できるから。


毎日同じコースを歩いて周り

水やりをするようなものだ。


鏡の水垢を取り、蛇口を磨き、

毎日少しずつ汚れる場所を綺麗にしていく。

ほっておいても湧いてくれる仕事。


これが多分、日々違う仕事なら

続かなかったんじゃないか。

ハムスターヒロコと仲良くしつつ

なんとかやってるかもしれない。


コッペパンにピーナッツバターを詰める仕事、

次はコロッケ、その次は卵と照り焼きを詰める。

日々100から120個の茹で卵を時間内に剥き

それを潰し、マヨネーズを1箱と少し計量し

塩と胡椒をふりかけサラダを作る。


たまにピザを任され、ピーマンを輪切りにし

生地をケチャップをスプーンで塗りこみ

ベーコンは少なめに、チーズは表面を

ギリギリ隠すくらい。


午後はレジを任されてひたすら

商品名の暗唱と個数の確認、

商品をビニールに詰め、

ポイントカードにハンコを押し、

心なしかポカポカして帰る人を見送る。


一生懸命だから怒れないのよと

不恰好なキウイのパイを許してくれる先輩。


あの頃なりたかった私には

縁のなかった仕事ばかりだ。


接客業は大変だけど良いな。

やる仕事は同じだけど、来る人は毎日ちがう。

ずいぶん懐かしいことを思い出したりした。


無駄にピーナッツバターばかり詰めていたわけではないのだ。


そんな日。